


走ることについて語るときに俺の語ること32【走ること】
プール内は団体専用コース、完泳コース、フリー(ウォーキング)コースに分かれている。
完永コースは3コースあり、それぞれ3、4人が泳いでいる。
ゆっくりと泳ぎだす。
休み休みとりあえず500m泳いでみる。
ふむ、なるほど膝に負担がかからない。
ウォーキングコースで300mくらい水中歩行してみる。
なるほど、体重を感じずに体中の筋肉に満遍なく適度の負担がかかる。
完永コースに戻って1000mほど泳ぐ。
うーむ、なるほど、関節や腰に故障を持つものにとって水泳や水中ウォーキングはまさにうってつけの運動であることを実感した。
監視員時代にはそんなこと考えたことがなかった。
健康のために泳ぐ、なんて考えはなかった。
でもまぁ久しぶりのプールとしてはこんなもんだろう。
それなりに満足して、午前中のうちに家に戻る。
ランニングであれば、午前中に走って、シャワーを浴び、充実した午後が過ごせる。
朝出勤前に走ることも多かった。
俺はこのときも、プールから帰った午後にいろいろと計画していた。
新しいアロハも欲しいし、本屋にも行きたいし。
久しぶりに運動したから、昼から生ビールも飲んじゃおうかな。ふふ。
いろいろと楽しい計画を考えていた。
ところが家に帰って昼飯を食うと、全身がぐったりして何もできない。
うっかり横になってしまった俺は動けなくなってしまった。
しばらくぶりの水泳で俺の全身の筋肉はすでにオールアウトしていた。
しまったぁぁぁぁぁ・・・・・と思いながら、俺は抗うことのできない強烈な睡魔に暗い地の底に引き込まれていった。
久しぶりに楽しくなるはずだった俺の休日は午前中で幕を閉じた。
それでも、また走れるようになるまでがんばってプールに行きます。
でも水泳ってつまんねぇんだよなぁ。



走ることについて語るときに俺の語ること31【走ること】
俺がかつて監視員をやっていたこの温水プールは、数年前に施設をそっくり建てかえた。
場所だけは同じだが俺がいた頃とは建物もプールも全く変わっている。
当時と比べるとプールのコース数も増え、プールサイドも広くなっている。
天井の半分は開閉式のガラス張りで、プール内はとても明るく隅々まで清潔だ。
無骨で学校のプールのようだったかつての面影はない。
何もかもすっかり変わってしまった…
俺はしばしセンチメンタルな気分でプールサイドにたたずんでいた。
平日の午前中なのでやはり高齢者が多い。
団体利用の集団が俺の前を通り過ぎている。
最後尾にいた女性がふと俺に気づく。
あら、ずいぶんごぶさた。お元気?
俺が監視をやっていた頃に水泳サークルのコーチをしていた指導員だ。
よく見ると他にも何人か知った顔がちらほら…
信じられない。
俺がこのプールで監視員をやっていたのは四半世紀以上前だ。
しかも俺より相当年上のはずだ。
人が作ったものは変わっていくけれど、人間は二十年や三十年じゃ変わらねぇんだなぁ。
しみじみとそう思った俺はゆっくりと泳ぎ始めた。
このシリーズ、なんだかうまく終われないので、もちょっとつづく。



走ることについて語るときに俺の語ること30【走ること】
マブダチの整形外科医は10枚近くあるMRIのフィルムをすごいスピードで見た。
一枚のフィルムに10カットくらい膝の映像が映っている。
バサバサとフィルムをめくっていたが、そのうちの一枚を抜き出すと、机の前の投射板にチャッとはさむと俺に説明をはじめた。
うーん、半月板に小さい亀裂もあるんだけど・・・
だけどなに!?
それより問題はここなんだよね。
どどどどこなのよ!!??
医者が指差す箇所を俺は食い入るように見つめた。
当たり前だが何がなんだかちっともわからん。
ほらここが白くなってるでしょ。
骨挫傷といって半年はランニング禁止だね。
タメぐちドクターはあっさりとこう言いやがった。
は、は、半年っていうと6ヶ月より長いの??
これじゃまるで千両富に当たった八五郎だ。
俺は続けて医者に聞いた。
ウォーキングならできますか?
ウォーキングもだめだねぇ。
スクワットとかなら大丈夫ですか?
膝に負担がかかるスクワットもだめだねぇ。
とりあえず三ヶ月たったらまたMRI撮ってそれを診てみようよ。
ハイ、じゃ今日はこれで。お大事に。
医者は実に軽い調子でにこやかに俺にそう告げた。
半年走れない・・・
俺はやや呆然となった。
半年もの間、トレーニングはどうしよう・・・
医者は俺の質問にこうも答えていた。
水泳か水中ウォーキングならいいんじゃない。
水中ウォーキング・・・・
監視時代からプールでのウォーキングを俺はひそかに「死の行進」と呼んでいた。
黙々と水中を歩く人たちの姿に悲壮なイメージはあっても、トレーニングとはかけ離れたイメージだ。
トレーニングじゃなくてリハビリだ・・・
水中ウォーキングか・・・
俺はドクターストップがかかったトップアスリート、という役になりきって遠くを見つめた。
俺はかつて監視員をしていた温水プールに数年ぶりに行ってみることにした。
つづいてもいい?



走ることについて語るときに俺の語ること29【走ること】
ドンガドンガドンガドンガドンガドンガドンガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウ
いろいろな大音響が重なって鳴り響く。
ヘッドホンからの音楽もまったく聞こえない。
こんなにでかい音立てなくちゃダメなの?
わざとやってない?
そんなことを考えてしまうくらい大きな音がする。
そんな騒音の中でも数分たつとやはり退屈してくる。
絶対に動かすなといわれた右足を、ちょっとだけ動かしたくなってくる。
そんなことしても結局困るのは俺なのに。
絶対に動かすなと言われると、動かしたくてたまらなくなる。
わかるでしょそんな感じ。
俺は気を紛らわせようとMRIの機械に注目する。
前面に大きくPHILIPSと書いてある。
そうかMRIはフィリップス社製なのか。
すると俺の右足はきれいにすね毛もそられちゃうのかな。
そんなことを考えながらひたすら大音響に耐え、じっと動かないでいる。
20分程度、といわれていたが俺には一時間くらいに感じられた。
ようやく撮影が終了しウンパルンパが部屋に入ってきた。
ハイお疲れ様でした。
そう言いながら手馴れた手つきで俺の右足を固定していた器具をはずしていく。
ロッカールームで着替えて再び陰気な廊下で待つ。
数分後、撮影されたフィルムを数枚渡された。
この時点で午前11時50分。
俺の診察をした病院の医師は午前中しかいない。
俺は会計を済ますとフィルムをひったくるように受け取り、ビーチクルザーを思い切り飛ばした。
マブダチのドクターがいる病院へ。
これじゃ膝に悪いじゃん。
すいません、つづきます。



走ることについて語るときに俺の語ること28【走ること】
恐る恐るドアを開けると、そこは狭いロッカールームのような部屋だった。
しゃっとカーテンを開けて、MRIの技師が入ってきた。
・・・チャーリーとチョコレート工場にでてくるウンパルンパにそっくりだ。
俺はカーテンの奥から他のウンパルンパがぞろぞろと出てきて踊りだすんじゃないかと思った。
このウンパルンパがいろいろと指示を出す。
俺に手術着のようなものを手渡すと、これに着替えろという。
広げてみるとぺらぺらの甚兵衛のようなものだった。
言われたとおり着替えると、昭和のお父さんの日曜日みたいな格好になった。
次に身に付けている金属製品をすべて外せという。
さらに体の中に金属はないかと重ねて聞いてくる。
ペースメーカーは付けていませんか。
はい。
骨をつなぐボルトのようなものは入っていませんか。
はい。
宇宙人に埋め込まれたチップは入っていませんか。
次はそう聞かれると思ったが、それは聞かれなかった。
脱いだ服と靴、時計や携帯、眼鏡も外しロッカーにいれ施錠する。
この鍵が金属じゃん!と思ったが鍵は預かるという。当たり前か。
この狭いロッカールームの壁には細かい注意事項が書かれていた。
金属製品を外せと繰り返しかかれているのは外の張り紙と同じだが、万が一金属製品を身に付けたままMRIを受けると火傷の恐れがある、などという恐ろしいことが書いてある。
いよいよMRIの部屋に入る。
馬鹿でかいドーナツの穴にベッドが突っ込まれているような機械だ。
俺はウンパルンパに指示されベッドに横たわる。
右ひざを固定され、絶対に動くなと念を押される。
撮影中は非常に大きな音がするらしい。
工事現場のような大きな音が約20分間続くという。
そしてナースコールのようなコードを渡された。
撮影中何かあって、中止したいときはこれを押してください。
どんなに大きな声で叫んでも聞こえませんから。ふふ。
事務的にさらっと言うだけに恐ろしさが際立つ。
防音のためにヘッドホンがかぶせられた。
なんだか低く陰気なクラシックが流れている。
じゃあはじめます。動かないでください。
ヘッドホンを通してウンパルンパの声が聞こえる。
静寂の間が数秒。
突然巨大ドーナッツから大音響が鳴り出した!
早くけりをつけたいこのシリーズ、さらにつづく。



走ることについて語るときに俺の語ること27【走ること】
MRIとはなんだ?
MAGNETIC RESONANCE IMAGINGのことである。
日本語で言うと「かくじききょうめいがぞうほう」である。
漢字で書くと、核磁気共鳴画像法。
要するに、核磁気共鳴現象を利用して生体内の内部の情報を画像化する方法である。
何が要するにだ、ちっともわからん。
どうやら強力な磁場で体のなにをあれしてあんなことしたりこんなことしたりするらしい。
理屈はよくわからんが、理屈抜きでなんだかちょっと怖い。
MRIの部屋の前にはなにやら恐ろしげな注意書きがでかでかと張り出してある。
命が惜しければこの扉を勝手にあけるな。
死にたくなければ金属製品をはずせ。
この世に未練があるやつはこの部屋に近づくな。
実際には少し違う文言だったような気もするが、このときの俺にはそう読めた。
ステンレス製の分厚い扉の向こうからは、地獄の底から響いてくる亡者たちのうめき声のような不吉な音が絶え間なく聞こえてくる。
廊下を隔てたMRIの部屋の向かい側はICU(集中治療室)である。
ひっそりとした廊下には、ICUに担ぎこまれた患者の家族たちがすすり泣く声がかすかに響く。
一階の待合室には患者があふれかえっていたのに、この階の廊下にはこの不幸な家族と俺だけ。
逃げ出したくなるような時間をひたすら耐える俺。
不意に恐ろしい声が廊下に響き渡る。
馬鹿オヤジ1号さーーーーーん。お入りくださーーーーい。
は、は、は、はぁーーーーーい。
見事に声が裏返った。
つづく



走ることについて語るときに俺の語ること26【走ること】
・・・ここがねぇ、ちょっとぎざぎざになってるんだよ。
俺より明らかに一回りは若いこの医師は、なぜか古い友人のような話し方をする。
うーん、とりあえずMRIを撮って、それからもう一度診せて。
この病院にはMRIがないから、○○病院に紹介状を書くからそこでMRIを受けたら、結果を持ってまた来てよ。
お前はマブダチか。
ややイラつきながらもここは医者の言うとうりにするしかない。
受付で○○病院のMRIの予約を取ってもらう。
二週間後の月曜日だ。
それまでに痛みが引いたらばっくれちゃお〜かな。
そのときはそのくらいお気楽に考えたいた。
ところが二週間たっても痛みが引かない。
激痛というわけではないが、常に鈍痛を感じているのは非常にうっとうしい。
予約した月曜日、俺は紹介状を持ってMRIを受けにその病院を訪れた。
つづく



走ることについて語るときに俺の語ること25【走ること】
先月、膝の治療のためスポーツ障害では有名な整形外科に行った。
診察開始時間の10分前に受付をしたのだが、その時点で少なくとも50人以上の患者が待合室に溢れている。
30分後ようやく名前を呼ばれて診察室に入る。
医師の問診に、フルマラソンの後、痛むようになったと答える。
簡単な触診の後レントゲンを撮り、再度診察を受ける。
いやぁ、これはマラソンのせいじゃないですよ。年年、年のせい!
なんて言われたらどうしようと思いつつ神妙に医師の言葉を待つ。
うーん。水もたまってないし、骨にも靭帯にも特に異常はないようだけど・・・
と、ここで言葉が途切れる。
写真の一点を指差しながら医師が独り言かとも思えるような声でボソッと言った。
・・・ここがなぁ・・・
こ、こ、ここがどうなのよ!せ、先生〜
つづく



走ることについて語るときに俺の語ること24【走ること】
右ひざが痛い。
先月末のフルマラソン出場後、しっかり休養をとって少しずつ走り始めていたのだが、5月のレースの準備もあって、先々週の日曜日にやや強めの練習をした。
それまで徐々に回復に向かっていた痛みが、その日からずっと治まらない。
もちろんまる二週間まったく走っていない。
歩くのにもやや難儀しているほどだ。
「走りたくても走れない」ということが、「走りたくないけど走らなくちゃいけない」ということより辛いということを初めて知った。
こんな気持ちで大酒を飲んだら、きっと自分を見失って公園で全裸になって叫びそうだ。
しんごーっ!しんごーっ!ひざがいてぇぇぇぇぇぇぇ!
えーさて、ところが不思議なもので、それまでかなりの痛みを感じていた左足の付け根の外側が、ひざの故障以来まったく痛まない。
俺の体が単純なのか、マラソンの神様の粋なはからい(同情?)なのか。
月曜日にスポーツ障害の治療で有名な整形外科にいくつもりだ。
おもしろネタが拾えたら更新します。



走ることについて語るときに俺の語ること23【走ること】
先日の日曜日、第28回佐倉朝日健康マラソンに出場してきた。
結果は・・・・
自己記録を17分短縮して完走!
とはいっても4時間52分もかかってますが。
東京マラソンの記録で比べると、安田美沙子には負けたけど平井理央は勝った、という微妙なタイム。
それでも最後まで歩くことなく完走できた。
前回のつくばマラソンでは、終盤で体も心もぽっきり折られてのノックアウト負けだった。
今回は大差の判定負けではあるけれど、最終ラウンド終了のゴングを立って聞けた、といったところか。
そんなわけで、ゴール後のビールも非常にうまく、気分はなかなかよかった。
ところが、足にダメージが残った。
右膝が痛い。歩くのに難儀している。
特にくだりの階段がやばい。
要介護4くらいだ。
リハビリのために家の近所を散歩したが、本当によぼよぼとしか歩けない。
それでも、次のレースのことを考え始めたりしている。
何が魅力なのか自分でもよくわからない。
自分でもわからないことは他人に説明できません。
走り始めればわかるかもしれませんよ。
俺ってばこんな人間じゃなかったはずなのに・・・
自分でもびっくりしてます。



走ることについて語るときに俺の語ること22【走ること】
明日レースに出場する。
11月のつくば以来のフルマラソンだ。
左足のハムストと右ひざに少し痛みがある。
まぁなんとかなるだろう。
なんとかするしかない。
はぁぁぁ。
先日、明日のレースのための練習で30キロ走を行った。
いつもの河川敷のコースを河口まで行って折り返してきた。
距離にして約31キロ。
3時間半かけてゆっくり走った。
かなりしんどかったが、けいれんも起こらず、レースに向けて自信になった練習だった。
この日以来俺は走ることについて人に語るときこう言うようにしている。
どんなときに走るのかって?
決まってるじゃないか、
海が見たくなったときさ。



飲み屋とブログの関係【徒然】
この間飲んだ友人にこう言われた。
何度ブログ見に行っても更新されてないとよぉ、何度行っても閉まってる飲み屋みたいでよぉ、もうその飲み屋行かなくなっちまうんだよぉ。
酔っ払っているので多少日本語がおかしいが、この友人の言うとおりである。
反省します。
でもめんどくさくてよぉ、そんなにしょっちゅう更新できねぇんだよぉ。俺ってばよぉ。
がんばります。



脳貧血2【徒然】
やばい、目が回る・・・ここからぷっつり記憶がない。
・・・・・・・・・・・・・・・・
はっと気がつくと、俺は風呂場のドアに頭を突っ込んで仰向けに倒れていた。
カミさんが驚いた表情で俺の顔を覗き込んでいる。
どしたの!
しまった!酔っ払って寝床じゃなくて風呂場の前で寝ちゃったんだ。
カミさんの大きな声を聞いて、俺は最初こう思った。
俺は慌ててすぐに立ち上がった。
ん?いやそうじゃない。俺は一瞬意識を失ったんだ。
どうやら脳貧血というものらしい。
その日の夜中。
ふと目覚めた俺は両手両足がきちんと動くか確かめた。
大丈夫でした。どこにも異常ありません。今のところ。
あぁびっくりした。



脳貧血【徒然】
小学校のころ、朝礼で校長先生の長い話のときに倒れるやつがいた。
何の前ぶれもなしにいきなり棒が倒れるようにばったりと倒れるので、非常に驚いた記憶がある。
中学生のころ、催眠術遊びというのが流行ったことがあった。
深呼吸を繰り返させて、後ろから体を持ち上げるように胸をぎゅーっと締め上げる。
柔道の絞め技みたいなものだ。
一瞬意識を失ってその場に倒れる。
いわゆる「落ちる」というやつだ。
俺も何度か「落ちた」ことがある。
ほんの数秒だが、意識が戻る瞬間はとても不思議な感覚だった。
大きな事故につながることもある危険な遊びなのですぐに禁止になった。
さて、つい先日の話。
いつものように酒をしこたま飲んだ俺は、寝転んでテレビを見ていた。
うつらうつらしてきたので、二階の寝床に向かう。
横になっていた姿勢から勢いよくパッと起き上がって階段を駆け上がった。
洗面所で息をつかずに一気に歯を磨き上げ、うがいをして頭を上げ鏡を見た。
ん?顔色が・・・
その瞬間、俺はこれまで経験したことのない感覚に襲われた。
いや、正確に言うと三十数年ぶりの感覚だ。
血の気が一気に引いていく感覚。
目がまわるような感覚
あ、あれ?ひ、貧血か??
俺の真後ろは一階へ続く階段だ。
ややややばい・・・・・・・・・・・・・
ここで俺の意識はとんだ。
つづく



バレーボール19【徒然】
しばらく前にPTAのビーチボールバレー大会に出た。
そのとき俺のバレーボールシューズが壊れているのに気がついた。
この靴は買ってから何年たつだろう。
年に数回しか使用しないので、ずいぶん長いことはいていたような気がする。
ソールがはがれてしまったのだが、見た目にはどこにも損傷や磨耗はない。
数多くの試合の想い出がしみこんだ靴を手に取り、俺はしみじみと諸行無常という言葉を噛み締めた。
苦しい練習や激戦の数々を共に戦った俺のバレーボールシューズが静かにその役割を終えたのだ。
歴戦の思い出と一緒に燃え尽きたシューズ。
もう新しい靴を買うこともないだろう。
数日後、俺はOにこの話をした。
Oは、長い話を語り終え遠くを見つめている俺に間髪をいれずこう言った。
なに言ってんすか!すぐ新しい靴買ってください!いますぐに!
はーい。わかりました。
なんかちょっとうれしいかも。
それにしても50にして新しいバレーボールシューズを買うはめになるとは!
ん?けっこういかすオヤジじゃん。俺ってば。
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