2008.07.28 (Mon)
監視員のころ8
完全にさかさまになっている車を呆然と見ていた俺は、歩道から聞こえた大声に振り向いた。
大丈夫か!?
MとWだ。
車から5〜6メートル離れた歩道から二人が駆け寄ってくる。
俺は、車が激突してから数秒しかたっていないというのは勘違いで、わずかな時間俺は失神していたのか、と思った。
いやそんなはずはない。
確かに俺は事故後すぐに車から脱出したはずだ。
駆け寄ってきた二人の話を聴いて俺はぞっとした。
二人は車がガードレールに激突したとき、ハッチバックのウインドウを破って外に投げ出されたのだ。
空中を飛んでいるとき二人とも相手が飛んでいるのを確認したという。
歩道に転がった二人はすぐに立ち上がりお互いに声をかけたらしい。
一般の人間であれば怪我ではすまないような事態だ。
ところが二人とも大きな怪我はなかった。
Wは高校時代、大学のスカウトが大挙して練習を見に来たというサッカー選手だったし、Mもインターハイ出場のバスケットプレーヤーで現役のライフセーバーだ。
そして何よりその夜は奇跡的に一滴も飲んでいない。
お互いの無事を確認する。
そして改めて無残な姿になった車を見つめた。
屋根がつぶれて、ファミリアがフェラーリみたいになっている。
俺たちは前の席の二人を助けようと車に駆け寄った。
しかし行動とは裏腹に、このとき俺たち三人は同じことを思っていた。
前の二人は完全に死んだな・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すると助手席から間抜けな声がした。
どっからでればいーの〜?
前の席の二人が割れたウインドウから這い出してきた。
かすり傷ひとつ負っていない。
これほどの事故なのに全員無事だった。
俺の左手の薬指を除いて。
その後、なぜか非常に怒っている救急病院の医者に実に乱暴な手当をされた話。
夜中の警察で散々説教をされた話。
その警察が、俺たちを迎えに来てくれたプール職員のM野さんが現れるなり態度が急変した話。
血が止まらない左手のまま溺れた子の救助にプールに飛び込んだ話。
結構入ってきた保険金の使い道の話などなど。
これから話は面白くなっていくのだが、その話はいずれまた。
皆さんも事故には気をつけましょうという一席でした。
大丈夫か!?
MとWだ。
車から5〜6メートル離れた歩道から二人が駆け寄ってくる。
俺は、車が激突してから数秒しかたっていないというのは勘違いで、わずかな時間俺は失神していたのか、と思った。
いやそんなはずはない。
確かに俺は事故後すぐに車から脱出したはずだ。
駆け寄ってきた二人の話を聴いて俺はぞっとした。
二人は車がガードレールに激突したとき、ハッチバックのウインドウを破って外に投げ出されたのだ。
空中を飛んでいるとき二人とも相手が飛んでいるのを確認したという。
歩道に転がった二人はすぐに立ち上がりお互いに声をかけたらしい。
一般の人間であれば怪我ではすまないような事態だ。
ところが二人とも大きな怪我はなかった。
Wは高校時代、大学のスカウトが大挙して練習を見に来たというサッカー選手だったし、Mもインターハイ出場のバスケットプレーヤーで現役のライフセーバーだ。
そして何よりその夜は奇跡的に一滴も飲んでいない。
お互いの無事を確認する。
そして改めて無残な姿になった車を見つめた。
屋根がつぶれて、ファミリアがフェラーリみたいになっている。
俺たちは前の席の二人を助けようと車に駆け寄った。
しかし行動とは裏腹に、このとき俺たち三人は同じことを思っていた。
前の二人は完全に死んだな・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すると助手席から間抜けな声がした。
どっからでればいーの〜?
前の席の二人が割れたウインドウから這い出してきた。
かすり傷ひとつ負っていない。
これほどの事故なのに全員無事だった。
俺の左手の薬指を除いて。
その後、なぜか非常に怒っている救急病院の医者に実に乱暴な手当をされた話。
夜中の警察で散々説教をされた話。
その警察が、俺たちを迎えに来てくれたプール職員のM野さんが現れるなり態度が急変した話。
血が止まらない左手のまま溺れた子の救助にプールに飛び込んだ話。
結構入ってきた保険金の使い道の話などなど。
これから話は面白くなっていくのだが、その話はいずれまた。
皆さんも事故には気をつけましょうという一席でした。
2008.07.16 (Wed)
監視員のころ7
事故にあった人たちが必ず言う言葉。
その瞬間スローモーションのようだった。
急スピンした車が右側面からガードレールに激突する瞬間、たぶん1秒にも満たないわずかな時間、本当にスローモーションを見ているような感じだった。
最初の衝撃から続けて5〜6回衝撃がきた。
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!
車がどうなっているのかまったくわからない。
気がつくと俺は車の天井にはいつくばっていた。
目の前にハッチバックのウインドウが見えた。
ガラスがない。
俺はほふく前進のような格好で急いでそこから外に出た。
車が爆発するかと思ったからだ。
外に這い出して初めて車が完全にひっくり返っていることがわかった。
車の前方のルーフは完全につぶれている。
ガソリンのにおいがする。
左手に痛みを感じた。
薬指の先から血が滴り落ちている。
それから俺はやっと気がついた。
隣に乗っていたMとWがいない。
最初の衝撃からまだほんの数秒しかたっていない。
二人はどこへ消えたんだ!?
つづく
その瞬間スローモーションのようだった。
急スピンした車が右側面からガードレールに激突する瞬間、たぶん1秒にも満たないわずかな時間、本当にスローモーションを見ているような感じだった。
最初の衝撃から続けて5〜6回衝撃がきた。
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!
車がどうなっているのかまったくわからない。
気がつくと俺は車の天井にはいつくばっていた。
目の前にハッチバックのウインドウが見えた。
ガラスがない。
俺はほふく前進のような格好で急いでそこから外に出た。
車が爆発するかと思ったからだ。
外に這い出して初めて車が完全にひっくり返っていることがわかった。
車の前方のルーフは完全につぶれている。
ガソリンのにおいがする。
左手に痛みを感じた。
薬指の先から血が滴り落ちている。
それから俺はやっと気がついた。
隣に乗っていたMとWがいない。
最初の衝撃からまだほんの数秒しかたっていない。
二人はどこへ消えたんだ!?
つづく
2008.07.14 (Mon)
監視員のころ6
20数年前、大きな交通事故にあったことがある。
そのとき負った怪我のあとがいまだに左手の薬指に残っている。
左手の薬指に残る傷あと・・・なんていうと、なんだか甘酸っぱい青春時代の思い出みたいだが、実際は結構凄惨な感じの怪我だった。
おなじみ明日をも知れぬプータロー監視員のころのことだ。
そのころは毎晩欠かさずに大酒を飲んでいた。
その日は、いつもの飲み仲間で超大酒飲みのプール職員Wの友人が車で迎えに来ていた。
どういう話でどこに行こうかとしたのかはよく覚えていない。
もう一人の飲み仲間である監視の先輩Mと俺は、ライフガードのジャージ姿でビーチサンダル履きだったから、どこかの店、ではなくこのWの友人の家に行くつもりだったのかもしれない。
仕事が終わったばかりなのでもちろん全員一滴も飲んでいない。
Wの友人の車はファミリアの3ドアハッチバックだった。
Mは身長183センチ。Wはその当時90キロ近い巨体だった。
3人合わせて230キロ前後の体を窮屈なリアシートに押し込んだ。
俺はそのときからなんとなくいやな予感がしていた。
運転席のWの友人と助手席に座るその彼女は、どうみても二人合わせてW一人分くらいの体重しかなさそうだったからだ。
そしてWの友人の運転は異常なほど乱暴だった。
プールの近くにくねくねとカーブの続く道があった。
事故が多くて有名な道だ。
車はその道にほとんどアクセルべた踏みで飛び込んでいった。
初めのころは歓声を上げていた俺たちだったが、あまりの乱暴な運転にWの友人に声をかけた。
おい、ちょっと飛ばしすぎだぞ。
返事を返さない運転手の顔をルームミラー越しに見た。
血の気が引いている。
すぐに後輪が滑り始めた。
ハンドルをめまぐるしく左右にきる。
必死にカウンターを当てるが立ちなおせない
タイヤが4本とも悲鳴を上げている。
車の左前方がガードレールに激突した。
衝撃で反時計回りに急スピンする車。
俺は運転席の後ろに乗っていた。
ものすごい勢いで俺に迫ってくるガードレール。
うわーーーーーーーーーっ
つづく
そのとき負った怪我のあとがいまだに左手の薬指に残っている。
左手の薬指に残る傷あと・・・なんていうと、なんだか甘酸っぱい青春時代の思い出みたいだが、実際は結構凄惨な感じの怪我だった。
おなじみ明日をも知れぬプータロー監視員のころのことだ。
そのころは毎晩欠かさずに大酒を飲んでいた。
その日は、いつもの飲み仲間で超大酒飲みのプール職員Wの友人が車で迎えに来ていた。
どういう話でどこに行こうかとしたのかはよく覚えていない。
もう一人の飲み仲間である監視の先輩Mと俺は、ライフガードのジャージ姿でビーチサンダル履きだったから、どこかの店、ではなくこのWの友人の家に行くつもりだったのかもしれない。
仕事が終わったばかりなのでもちろん全員一滴も飲んでいない。
Wの友人の車はファミリアの3ドアハッチバックだった。
Mは身長183センチ。Wはその当時90キロ近い巨体だった。
3人合わせて230キロ前後の体を窮屈なリアシートに押し込んだ。
俺はそのときからなんとなくいやな予感がしていた。
運転席のWの友人と助手席に座るその彼女は、どうみても二人合わせてW一人分くらいの体重しかなさそうだったからだ。
そしてWの友人の運転は異常なほど乱暴だった。
プールの近くにくねくねとカーブの続く道があった。
事故が多くて有名な道だ。
車はその道にほとんどアクセルべた踏みで飛び込んでいった。
初めのころは歓声を上げていた俺たちだったが、あまりの乱暴な運転にWの友人に声をかけた。
おい、ちょっと飛ばしすぎだぞ。
返事を返さない運転手の顔をルームミラー越しに見た。
血の気が引いている。
すぐに後輪が滑り始めた。
ハンドルをめまぐるしく左右にきる。
必死にカウンターを当てるが立ちなおせない
タイヤが4本とも悲鳴を上げている。
車の左前方がガードレールに激突した。
衝撃で反時計回りに急スピンする車。
俺は運転席の後ろに乗っていた。
ものすごい勢いで俺に迫ってくるガードレール。
うわーーーーーーーーーっ
つづく
2008.06.23 (Mon)
監視員のころ6
俺がいた温水プールは、夜間の個人利用は高校生以上しか入れなかった。
子供がいないので、利用者が少ないときは、通常では禁止している飛込みができた。
ある冬の夜、終了時間近くになり、プールが空いてきたので飛び込みの禁止を解除することにした。
俺はタワーの上からコントロールに無線で連絡をした。
パトロールの監視員がスタート台に張ってあるロープを撤去し、コントロールが場内放送をする。
このとき、この場内放送をしたのが、監視員になってまだ日が浅い女の子だった。
女の子といっても、国立大学を卒業して教員採用試験浪人中のこの女性は俺より年上だった。
彼女が緊張しながら放送を始めた。
場内のお客様にお知らせいたします…
本来であれば、只今の時間より飛び込み禁止を解除いたします。という文言が続く。
ところが彼女は、只今の時間より飛び込みを…と言ってしまった。
そしてそこで言葉が途切れた。
タワーにいた俺も、パトロールも、飛び込みの準備をしていた常連のお客も一瞬?という顔になった。
俺たちのようないいかげんな人間であれば、いけね!と小さく叫んで頭からやりなおすところだ。
ところが教師という聖職を目指すこの真面目な女性は、そんないい加減なことはできなかった。
一旦始めたこの放送を、言い直すことなく自分の言葉で最後まで伝えようと考えたのだ。…多分。
3秒ほどの沈黙のあと、彼女はきっぱりとこう言った。
…なさっても結構でございます。
一瞬の間があって、俺たちもお客も爆笑した。
彼女の放送で、プール内はほのぼのとしたいい空気になったが、彼女だけは怒ったような困ったような顔のまま固まっていた。
子供がいないので、利用者が少ないときは、通常では禁止している飛込みができた。
ある冬の夜、終了時間近くになり、プールが空いてきたので飛び込みの禁止を解除することにした。
俺はタワーの上からコントロールに無線で連絡をした。
パトロールの監視員がスタート台に張ってあるロープを撤去し、コントロールが場内放送をする。
このとき、この場内放送をしたのが、監視員になってまだ日が浅い女の子だった。
女の子といっても、国立大学を卒業して教員採用試験浪人中のこの女性は俺より年上だった。
彼女が緊張しながら放送を始めた。
場内のお客様にお知らせいたします…
本来であれば、只今の時間より飛び込み禁止を解除いたします。という文言が続く。
ところが彼女は、只今の時間より飛び込みを…と言ってしまった。
そしてそこで言葉が途切れた。
タワーにいた俺も、パトロールも、飛び込みの準備をしていた常連のお客も一瞬?という顔になった。
俺たちのようないいかげんな人間であれば、いけね!と小さく叫んで頭からやりなおすところだ。
ところが教師という聖職を目指すこの真面目な女性は、そんないい加減なことはできなかった。
一旦始めたこの放送を、言い直すことなく自分の言葉で最後まで伝えようと考えたのだ。…多分。
3秒ほどの沈黙のあと、彼女はきっぱりとこう言った。
…なさっても結構でございます。
一瞬の間があって、俺たちもお客も爆笑した。
彼女の放送で、プール内はほのぼのとしたいい空気になったが、彼女だけは怒ったような困ったような顔のまま固まっていた。
2008.05.08 (Thu)
バリのこと3
えー、バレーボールの話の途中ですが、ちょっとお休み。
俺のブログファンの○○高校3年3組の女子高生のリクエストにより、バリの話の続き。
車でいけるのはここまで。すぐ近くだからあとは歩いていきな!
そういって車からおろされた場所は真っ暗な路地。
途方にくれてぼんやり立っていると、どうにか暗闇に目が慣れてきた。
目を凝らして周りをよく見渡すと、遠くの方に小さな明かりがぽつんとついてる。
そこまで行ってみると屋台くらいの小さな露店があった。
雑貨やタバコなどを売っている店のようだ。
店番はするめみたいなおっぱいを放りだした上半身裸のおばあちゃんだ。
日本語はもちろん英語も通じない。
一夜漬けの片言インドネシア語も通じない。
あっちこっち指差して早口でいろいろ言ってくれているがさっぱりわからない。
とりあえずばあちゃんが指差した方向に歩いていく。すぐ道がなくなった・・・。
とりあえずそのまま歩いていくと原っぱのようなところに出た。
明かりがないので本当に真っ暗だ。
だが、いやな感じではない。
なんとなく懐かしい感じなのだ。
日本で、まして都会に住んでいれば、今どき真っ暗闇の夜なんてどこにもない。
いつまでも真っ暗闇に和んでいてもしょうがないので、ばあちゃんが指差した方向へと足を向ける。
いきなり人の家の庭先のようなところへ出た。
よく見るとバルコニーのようなところに上半身裸の男が二人、いすに座ってビールを飲んでいる。
わらをも掴む思いで話しかけてみる・・・。
おおつ!通じた。しかも俺たちのコテージまで連れて行ってくれるという。
俺たちはその男たち(オージーのサーファーだった)に案内されてやっと宿にたどり着いた。
荷物をベッドに放り投げ、シャワーを浴びる。
日本を出てから十数時間、バリについてからも一時間近くさまよい歩いた。
俺はもうへとへとだった。
ベッドに倒れこんでいると、シャワーを終えたMがタオルで頭を拭きながら実にうれしそうに言った。
さぁ!町に出かけようぜ!
忘れてた。この友人Mは人生を楽しむ達人だった・・・・
不定期につづく
俺のブログファンの○○高校3年3組の女子高生のリクエストにより、バリの話の続き。
車でいけるのはここまで。すぐ近くだからあとは歩いていきな!
そういって車からおろされた場所は真っ暗な路地。
途方にくれてぼんやり立っていると、どうにか暗闇に目が慣れてきた。
目を凝らして周りをよく見渡すと、遠くの方に小さな明かりがぽつんとついてる。
そこまで行ってみると屋台くらいの小さな露店があった。
雑貨やタバコなどを売っている店のようだ。
店番はするめみたいなおっぱいを放りだした上半身裸のおばあちゃんだ。
日本語はもちろん英語も通じない。
一夜漬けの片言インドネシア語も通じない。
あっちこっち指差して早口でいろいろ言ってくれているがさっぱりわからない。
とりあえずばあちゃんが指差した方向に歩いていく。すぐ道がなくなった・・・。
とりあえずそのまま歩いていくと原っぱのようなところに出た。
明かりがないので本当に真っ暗だ。
だが、いやな感じではない。
なんとなく懐かしい感じなのだ。
日本で、まして都会に住んでいれば、今どき真っ暗闇の夜なんてどこにもない。
いつまでも真っ暗闇に和んでいてもしょうがないので、ばあちゃんが指差した方向へと足を向ける。
いきなり人の家の庭先のようなところへ出た。
よく見るとバルコニーのようなところに上半身裸の男が二人、いすに座ってビールを飲んでいる。
わらをも掴む思いで話しかけてみる・・・。
おおつ!通じた。しかも俺たちのコテージまで連れて行ってくれるという。
俺たちはその男たち(オージーのサーファーだった)に案内されてやっと宿にたどり着いた。
荷物をベッドに放り投げ、シャワーを浴びる。
日本を出てから十数時間、バリについてからも一時間近くさまよい歩いた。
俺はもうへとへとだった。
ベッドに倒れこんでいると、シャワーを終えたMがタオルで頭を拭きながら実にうれしそうに言った。
さぁ!町に出かけようぜ!
忘れてた。この友人Mは人生を楽しむ達人だった・・・・
不定期につづく
2008.04.04 (Fri)
バリのこと2
8時間のフライトで飛行機はバリ島のングラライ空港(言いにくい!)にドスン!と着陸した。
飛行機を降りると、ねっとりと体にまとわりつくような濃密な空気と、濃厚な南国の花の匂い。
そしてあたりにあやしく漂うガラムの香り・・・
イミグレーションを通過して空港の外へ出る。
ホテルマンやガイドたちが大勢迎えに来ている。
俺たちと一緒に降りた旅客たちは、それぞれ迎えの車に乗って町へと消えていく。
そして一時間後、俺たちだけが取り残された。
誰も俺たちを迎えに来ていない。
コテージの場所なんかはなっから知らない俺たちは途方にくれた。
唯一の手がかりはそのコテージのステッカー一枚だ。
仕方が無いので、タクシーチケットを買い、さっきからひっきりなしに声をかけてくる流しのタクシーのうち、もっとも正直そうな男たちに声をかけた。
ソルガ、というそのコテージの名前を告げると、男たちは、OK!ノープロブレム!といいながら俺たちの荷物をうれしそうにひったくった。
少し離れた場所に止めてあったぼろぼろの車に乗って、俺たちは少しびびった。
まず窓がない。
開かないとか閉まらないとかではなく、ガラスが入っていない。
そのわけはすぐにわかった。
室内にドアを開けるレバーがないのだ。きれいに取れてしまっている。
ドアの開閉は窓から手を出して外のレバーで行う、という実にかっこいいシステムを搭載している車だった。
俺たちは男たちに唯一の頼りであるステッカーを見せた。
すると運転手はろくに見もせずに、あーわかったわかった、そのコテージならわかるよ!近くまで載せて行ってやるよ!
気になる言い方に俺たちはひっかっかた。
近くまで?近くまでってどういうこと?
詳しく聞くと道が細くて、コテージの前までは車は入れないという。
ふーんそうか、それじゃしょうがないか・・・なんとなく腑に落ちない俺たちに運転手がこういい始めた。
お前たちが行くコテージもいいコテージだが俺たちはもっといいホテルを知ってる。
どうだそっちに行かないか?もう一人の男が言う。そうだそうしよう!それがいいよ!
こらこらちょっと待て!
俺たちは予約してあんの!
We have reserved! We have reserved!
そうかぁ、でもあっちのホテルはいいホテルなんだけどなぁ。
We have reserved!
俺たちは歌うように繰り返した。
男たちはしつこく誘う。
俺たちは繰り返し同じことを言い続けた。歌うように、というか歌いながら。
そのうちなんだか俺たちはだんだんおかしくなってきた。
笑う場面じゃないのになぜか笑い出してしまう。
すると男たちも笑い出した。
車の中で4人で大笑いになった。
そうかそんなに悪いやつらじゃないんだ。
車は真っ暗闇の中をかなりのスピードで走り続けた。
つづく
飛行機を降りると、ねっとりと体にまとわりつくような濃密な空気と、濃厚な南国の花の匂い。
そしてあたりにあやしく漂うガラムの香り・・・
イミグレーションを通過して空港の外へ出る。
ホテルマンやガイドたちが大勢迎えに来ている。
俺たちと一緒に降りた旅客たちは、それぞれ迎えの車に乗って町へと消えていく。
そして一時間後、俺たちだけが取り残された。
誰も俺たちを迎えに来ていない。
コテージの場所なんかはなっから知らない俺たちは途方にくれた。
唯一の手がかりはそのコテージのステッカー一枚だ。
仕方が無いので、タクシーチケットを買い、さっきからひっきりなしに声をかけてくる流しのタクシーのうち、もっとも正直そうな男たちに声をかけた。
ソルガ、というそのコテージの名前を告げると、男たちは、OK!ノープロブレム!といいながら俺たちの荷物をうれしそうにひったくった。
少し離れた場所に止めてあったぼろぼろの車に乗って、俺たちは少しびびった。
まず窓がない。
開かないとか閉まらないとかではなく、ガラスが入っていない。
そのわけはすぐにわかった。
室内にドアを開けるレバーがないのだ。きれいに取れてしまっている。
ドアの開閉は窓から手を出して外のレバーで行う、という実にかっこいいシステムを搭載している車だった。
俺たちは男たちに唯一の頼りであるステッカーを見せた。
すると運転手はろくに見もせずに、あーわかったわかった、そのコテージならわかるよ!近くまで載せて行ってやるよ!
気になる言い方に俺たちはひっかっかた。
近くまで?近くまでってどういうこと?
詳しく聞くと道が細くて、コテージの前までは車は入れないという。
ふーんそうか、それじゃしょうがないか・・・なんとなく腑に落ちない俺たちに運転手がこういい始めた。
お前たちが行くコテージもいいコテージだが俺たちはもっといいホテルを知ってる。
どうだそっちに行かないか?もう一人の男が言う。そうだそうしよう!それがいいよ!
こらこらちょっと待て!
俺たちは予約してあんの!
We have reserved! We have reserved!
そうかぁ、でもあっちのホテルはいいホテルなんだけどなぁ。
We have reserved!
俺たちは歌うように繰り返した。
男たちはしつこく誘う。
俺たちは繰り返し同じことを言い続けた。歌うように、というか歌いながら。
そのうちなんだか俺たちはだんだんおかしくなってきた。
笑う場面じゃないのになぜか笑い出してしまう。
すると男たちも笑い出した。
車の中で4人で大笑いになった。
そうかそんなに悪いやつらじゃないんだ。
車は真っ暗闇の中をかなりのスピードで走り続けた。
つづく
2008.03.22 (Sat)
アカペラ漫才2
俺たちのアカペラ漫才は、1日2ステージ(披露宴と二次会、当然違うネタ)などということも珍しくなかった。
会場にマイクスタンドや譜面台がなければ自分たちで車に積んで持参したりした。
披露宴から二次会会場まで衣装や靴などの大荷物を抱えて(披露宴と二次会では衣装を変えていた!)電車移動しているときなど、営業に回るお笑い芸人そのものだった。
そのうち、いろいろなパフォーマーが同じステージで芸を披露するというイベントから声がかかった。
これまで仲間内の宴席でしか経験のなかった俺たちが、俺たちのことなどまったく知らないオーディエンス300人の前で歌ってネタをするのだ。
当然俺は怯んだ。
歌はともかく、しゃべくりのネタは仲間内の、いわゆる楽屋落ちのようなネタが中心だったからだ。
しかしなぜか相方は自信満々だった。間違いなく受ける、と断言する。
俺も次第にその気になっていき(おだてに調子づくわけです)、苦労して本を書き上げた。
そして、本番まで何度も稽古し、ネタも完璧に頭に入れ、俺たちは余裕で初舞台を迎えた。
鉄板ネタのオープニングボケ三連発もきまり、上々の滑り出しだ。
お客に受けると俺たちのテンションも上がってくる。
歌もきれいにハーモニーが決まった。
台本にないネタでボケても相方は見事に突っ込んでくる。
笑いの神様が降りてきてる。舞台上で俺はそう感じていた。
そう、あのエンディングまでは。・・・またつづく。
会場にマイクスタンドや譜面台がなければ自分たちで車に積んで持参したりした。
披露宴から二次会会場まで衣装や靴などの大荷物を抱えて(披露宴と二次会では衣装を変えていた!)電車移動しているときなど、営業に回るお笑い芸人そのものだった。
そのうち、いろいろなパフォーマーが同じステージで芸を披露するというイベントから声がかかった。
これまで仲間内の宴席でしか経験のなかった俺たちが、俺たちのことなどまったく知らないオーディエンス300人の前で歌ってネタをするのだ。
当然俺は怯んだ。
歌はともかく、しゃべくりのネタは仲間内の、いわゆる楽屋落ちのようなネタが中心だったからだ。
しかしなぜか相方は自信満々だった。間違いなく受ける、と断言する。
俺も次第にその気になっていき(おだてに調子づくわけです)、苦労して本を書き上げた。
そして、本番まで何度も稽古し、ネタも完璧に頭に入れ、俺たちは余裕で初舞台を迎えた。
鉄板ネタのオープニングボケ三連発もきまり、上々の滑り出しだ。
お客に受けると俺たちのテンションも上がってくる。
歌もきれいにハーモニーが決まった。
台本にないネタでボケても相方は見事に突っ込んでくる。
笑いの神様が降りてきてる。舞台上で俺はそう感じていた。
そう、あのエンディングまでは。・・・またつづく。
2008.03.21 (Fri)
アカペラ漫才
昔よく漫才をしていた。
うーむ、この言い方は正確じゃないな。
進化の果てに、限りなく漫才に近いパフォーマンスを行う羽目になっていった、という感じか。
うーむこれじゃ何言ってるのか俺にもさっぱりわからん。
順序だてて話をしなけりゃだめだな、こりゃ。
昔、友人の結婚式や二次会のパーティで、仲間内ではでお調子者ツートップの誉れ高い俺と相方が余興を頼まれる、ということが多かった。
俺の相方は、今では作曲も手がけるミュージカル劇団の主宰になっているほどなので、相方の編曲でよく歌を歌った。
アカペラできっちりハーモニーを聴かせるわりとカッチョいい余興だった。と思う。多分。
歌う前とか、歌の間に(1曲じゃないところが今思うとやや恥ずかしい)スピーチというか、新郎新婦をいじるトークを入れる。
つまり、クールなアカペラとのギャップで笑いを取っていくというスタイルだった。
このネタ作りは俺の担当だった。
初めのころはその場で思いついたような俺のボケに相方がきよし師匠のように突っ込みを入れる、という形だったが、だんだん受けるようになってくると俺たちの芸人魂(?)が燃えてきた。
歌は相方が書き起こした楽譜で練習していたが、ネタもきちんと台本を作るようになっていった。
練り上げた台本で稽古する時間がいつしか歌の練習より多くなっていった。
あるとき、「結婚式で歌われがちな曲メドレー」をやろうということになった。
ネット、なんて概念すらなかったそのころ、俺たちは歌詞の確認と練習をかねてカラオケに行った。
練習が佳境に入って、二人で熱唱していたところに、店のお姉ちゃんが頼んだ飲み物を持ってきた。
お姉ちゃんは、カラオケの店員にありがちな、ノックと同時にドアを開けると運んできた飲み物の復唱をしようとした。
お待たせしました〜生ビールと青りんごサワ・・・
お姉ちゃんが一瞬凍りついた。
そのとき俺たちは真剣にてんとう虫のサンバを熱唱していた。
画面に向かって気をつけの姿勢で。しかもきれいなハモリまでいれて。
お姉ちゃんは見てはいけないものを見てしまったような恐怖の表情のまま、ほおり投げるように飲み物をテーブルに置くとそれきり何を頼んでも俺たちの部屋には来なかった。
この話ちょっとだけ続く…
うーむ、この言い方は正確じゃないな。
進化の果てに、限りなく漫才に近いパフォーマンスを行う羽目になっていった、という感じか。
うーむこれじゃ何言ってるのか俺にもさっぱりわからん。
順序だてて話をしなけりゃだめだな、こりゃ。
昔、友人の結婚式や二次会のパーティで、仲間内ではでお調子者ツートップの誉れ高い俺と相方が余興を頼まれる、ということが多かった。
俺の相方は、今では作曲も手がけるミュージカル劇団の主宰になっているほどなので、相方の編曲でよく歌を歌った。
アカペラできっちりハーモニーを聴かせるわりとカッチョいい余興だった。と思う。多分。
歌う前とか、歌の間に(1曲じゃないところが今思うとやや恥ずかしい)スピーチというか、新郎新婦をいじるトークを入れる。
つまり、クールなアカペラとのギャップで笑いを取っていくというスタイルだった。
このネタ作りは俺の担当だった。
初めのころはその場で思いついたような俺のボケに相方がきよし師匠のように突っ込みを入れる、という形だったが、だんだん受けるようになってくると俺たちの芸人魂(?)が燃えてきた。
歌は相方が書き起こした楽譜で練習していたが、ネタもきちんと台本を作るようになっていった。
練り上げた台本で稽古する時間がいつしか歌の練習より多くなっていった。
あるとき、「結婚式で歌われがちな曲メドレー」をやろうということになった。
ネット、なんて概念すらなかったそのころ、俺たちは歌詞の確認と練習をかねてカラオケに行った。
練習が佳境に入って、二人で熱唱していたところに、店のお姉ちゃんが頼んだ飲み物を持ってきた。
お姉ちゃんは、カラオケの店員にありがちな、ノックと同時にドアを開けると運んできた飲み物の復唱をしようとした。
お待たせしました〜生ビールと青りんごサワ・・・
お姉ちゃんが一瞬凍りついた。
そのとき俺たちは真剣にてんとう虫のサンバを熱唱していた。
画面に向かって気をつけの姿勢で。しかもきれいなハモリまでいれて。
お姉ちゃんは見てはいけないものを見てしまったような恐怖の表情のまま、ほおり投げるように飲み物をテーブルに置くとそれきり何を頼んでも俺たちの部屋には来なかった。
この話ちょっとだけ続く…
2008.03.18 (Tue)
監視員のころ5
酔っ払ってブログの更新なんてするとろくなことがない。
同じネタを二つアップして丸一日気がつかなかった。反省。
ということで昨日の続きはいずれまた。仕切り直しで違うお話。
俺がいたプールは年中無休の温水プールだったが、さすがに年末年始は休館になった。
監視員とはいっても所詮時給なんぼのアルバイト。年末年始一週間の休みは1月の給料に大きく響く。
そこで俺たちの会社はこの期間、素敵な仕事を用意してくれていた。
それは市場の警備の仕事だった。
市場が休みになるこの期間、ゴミ回収も休みになる。ところが近隣の小売の魚屋にとっては書き入れ時なので、たくさんのゴミ(スチロールの箱など)が出る。
魚屋はこのゴミを市場に捨てにくるのだが、24時間体制でこれを阻止する、という実にキュートでおしゃれな仕事だった。
朝8時から夕方4時までの8時間勤務と、夕方4時から翌朝8時までの16時間勤務の2パターンがあった。
市場はものすごく広いし、いつどこにゴミを捨てに来るかわからないので、全体を見晴らせる市場の真ん中でドラム缶の焚き火をしつつ自転車で巡回警備をする、というものだった。
一晩中吹きさらしの状態なので非常に寒い。安いウイスキーをラッパ飲みしながらひたすら交代要員がくるのを待ち続けた。
巡回をしながらも、魚屋と遭遇してバトルになるのはできれば避けたいので、なるべく魚屋さんと会いませんようにと祈りながら巡回していた。
これじゃ何のための巡回だかよくわからないが、運悪くゴミ捨ての魚屋と遭遇してしまうこともあった。
だまってゴミを持ち帰る魚屋もいたが、年末の気の荒い魚屋にすごまれると、じゃあその辺に適当にお願いします・・・などといいながら見なかったことにする、というとても人間くさいテクニックを駆使しながら従事していた。
明け方に、焚き火で沸かしたお湯でカップラーメンを食べていると、猫が寄ってきた。
市場に住み着いている野良猫だ。見ると丸々と太っている。俺はその猫に、カップラーメンに入っていたペラペラのチャーシューを放り投げた。
するとその猫は一瞬だけそのチャーシューのにおいをかぐと、俺のほうに向き直ってちょっと笑った(様な気がした)。
猫はそのままつまらなさそうにゆっくりと暗闇に消えていった。
ああ、この猫は俺よりよっぽどましなものを食っているんだなぁ・・・
なんだかがっかりした俺はカップラーメンの残りを焚き火にぶちまけると、こう思った。
今年こそちゃんとしなくちゃなぁ・・・俺・・・
へーっくしょおぉぉーーい!
間抜けなくしゃみをひとつすると東の空が白み始めていた。
198○年の元旦のことでした。
同じネタを二つアップして丸一日気がつかなかった。反省。
ということで昨日の続きはいずれまた。仕切り直しで違うお話。
俺がいたプールは年中無休の温水プールだったが、さすがに年末年始は休館になった。
監視員とはいっても所詮時給なんぼのアルバイト。年末年始一週間の休みは1月の給料に大きく響く。
そこで俺たちの会社はこの期間、素敵な仕事を用意してくれていた。
それは市場の警備の仕事だった。
市場が休みになるこの期間、ゴミ回収も休みになる。ところが近隣の小売の魚屋にとっては書き入れ時なので、たくさんのゴミ(スチロールの箱など)が出る。
魚屋はこのゴミを市場に捨てにくるのだが、24時間体制でこれを阻止する、という実にキュートでおしゃれな仕事だった。
朝8時から夕方4時までの8時間勤務と、夕方4時から翌朝8時までの16時間勤務の2パターンがあった。
市場はものすごく広いし、いつどこにゴミを捨てに来るかわからないので、全体を見晴らせる市場の真ん中でドラム缶の焚き火をしつつ自転車で巡回警備をする、というものだった。
一晩中吹きさらしの状態なので非常に寒い。安いウイスキーをラッパ飲みしながらひたすら交代要員がくるのを待ち続けた。
巡回をしながらも、魚屋と遭遇してバトルになるのはできれば避けたいので、なるべく魚屋さんと会いませんようにと祈りながら巡回していた。
これじゃ何のための巡回だかよくわからないが、運悪くゴミ捨ての魚屋と遭遇してしまうこともあった。
だまってゴミを持ち帰る魚屋もいたが、年末の気の荒い魚屋にすごまれると、じゃあその辺に適当にお願いします・・・などといいながら見なかったことにする、というとても人間くさいテクニックを駆使しながら従事していた。
明け方に、焚き火で沸かしたお湯でカップラーメンを食べていると、猫が寄ってきた。
市場に住み着いている野良猫だ。見ると丸々と太っている。俺はその猫に、カップラーメンに入っていたペラペラのチャーシューを放り投げた。
するとその猫は一瞬だけそのチャーシューのにおいをかぐと、俺のほうに向き直ってちょっと笑った(様な気がした)。
猫はそのままつまらなさそうにゆっくりと暗闇に消えていった。
ああ、この猫は俺よりよっぽどましなものを食っているんだなぁ・・・
なんだかがっかりした俺はカップラーメンの残りを焚き火にぶちまけると、こう思った。
今年こそちゃんとしなくちゃなぁ・・・俺・・・
へーっくしょおぉぉーーい!
間抜けなくしゃみをひとつすると東の空が白み始めていた。
198○年の元旦のことでした。
2008.03.18 (Tue)
バリのこと
昔よくバリへ行った。インドネシアのバリ島だ。
初めて訪れたのは確か1986年2月。今から22年も前だ。
その後バリをとても気に入った俺は連続5年間バリに行くことになる。一年に二回行ったこともあった。
そんな大好きなバリで、今そでこそいい思い出だが、初めて行ったときはいろいろ大変な思いをした。
初めての海外旅行であったがほとんど個人旅行のようなツアーだった。
というのもこのツアー、一緒に行った友人Mのおじさんの友達が経営していたサーフショップ主催のツアーだった。
ツアーといっても参加者は俺たち二人だけ。
手続きは何から何まで自分たちでこなさなければならなかった。
パスポートの申請に行ったときも渡航費用があることを証明する書類の提出を求められた。
俺は給料が振り込まれた直後に記帳した通帳を持っていった。
もちろんほとんどすぐに引き出していたが、引き出した記録の記帳はしていなかった。
係官は俺の通帳を一瞥すると、フン!と鼻で笑い(そんな気がした)書類にDと書き込んだ。D?Dってなに?金額がDランクってこと?
出発の日、成田のどこの旅行会社のカウンターに行っても俺たちのチケットがない。
しょうがなくサーフショップの社長に電話するM。
いやーごめんごめんツアーの名前間違ってたみたい。○○ツアーだから、その辺のカウンターのおねぇちゃんに聞いてみて〜ガチャン・・・
こんな感じで電話が切れたらしい。
俺たちにはツアーには当然あるべき、しおりというか案内パンフレットみたいなものは一切なかった。
バリでの宿の名前が書いてあるステッカーが一枚と、前日にサーフショップの社長から受けたという簡単な説明が友人Mの頭の中にあるだけだ。
何とか時間ぎりぎりで搭乗するとすぐにアテンダントが、紙のお手ふき、のようなものを抛り投げるように配り始めた。
俺たちはこのお手拭の封を空け、両手を拭いた。が、これが大失敗だった。
このお手拭は強烈な芳香を発していたのだ。
安い香水を煮詰めたような、日本人には理解しがたい匂いだ。
俺たちはまるで、駅のトイレの小便器に転がしてある黄色い玉をずっと両手に持ち続けている人みたいになってしまった。
まぁしょうがない、次からは気をつけようと、落ち着いて周りを見た。
今度はあまりの飛行機のおんぼろさ加減に驚いた。
今でこそバリは日本人観光客が大挙して訪れる観光地であり航空会社もきっと潤っているだろうが、某国のその飛行機は実に味わい深い飛行機だった。
まず様々な説明書きが全て読めない。英語で書かれていないのだ。
インドネシア語でもない。機内の説明書きは全てアラビア語で書かれていた。
中東のどこかの国の払い下げ機を使っているようだ。
外装は変えられているが中身はそのまんま。それが何か?といった感じだ。
アラビア語ってのは右から左に書かれる文字である。俺のアラビア語に関する知識はそれだけだ。
でもまぁ機内の説明が読めなくたって特別困らない。
困ったのは座席のリクライニングがぶっ壊れていることだった。
座って背もたれに寄りかかるとそのままスーッと後ろに倒れてしまうのだ。
おおっ便利じゃないの、なんてMと笑いあっていたのも離陸のときまでだ。
飛行機が滑走路に入って加速を始める。体にGがかかってくる。俺たちのいすは自然と後ろに倒れてくる。するとアテンダントがものすごい形相で俺たちのところへ飛んでくるのだ。
背もたれを元の位置に戻せという。俺たちは必死で背もたれが壊れていることを伝える。
でもそんなことには耳も貸さない。元に戻せの一点張りだ。
こんなぶっ壊れ飛行機のスタッフなのに、そこだけ妙にかたくなだ。
しょうがない、アテンダントへの説明をあきらめた俺たちは、次第に加速されてさらに加わってくるGにありったけの腹筋の力で絶え続けた。
水平飛行に入りやっとシートベルト着用のサインが消えると俺たちのかわいそうな腹筋は痙攣を起こしそうになっていた。
はーやれやれ、出だしからこれじゃこの先いったいどうなるんだろう。
そう思いながらやけに揺れる機内をよろよろ歩いてトイレに入った。
そしてそこには見事にぶっ壊れた便座が俺を見上げていた。
おれは南の島の太陽を思うよりも行く末に立ち込める暗雲を思っていた。つづく
初めて訪れたのは確か1986年2月。今から22年も前だ。
その後バリをとても気に入った俺は連続5年間バリに行くことになる。一年に二回行ったこともあった。
そんな大好きなバリで、今そでこそいい思い出だが、初めて行ったときはいろいろ大変な思いをした。
初めての海外旅行であったがほとんど個人旅行のようなツアーだった。
というのもこのツアー、一緒に行った友人Mのおじさんの友達が経営していたサーフショップ主催のツアーだった。
ツアーといっても参加者は俺たち二人だけ。
手続きは何から何まで自分たちでこなさなければならなかった。
パスポートの申請に行ったときも渡航費用があることを証明する書類の提出を求められた。
俺は給料が振り込まれた直後に記帳した通帳を持っていった。
もちろんほとんどすぐに引き出していたが、引き出した記録の記帳はしていなかった。
係官は俺の通帳を一瞥すると、フン!と鼻で笑い(そんな気がした)書類にDと書き込んだ。D?Dってなに?金額がDランクってこと?
出発の日、成田のどこの旅行会社のカウンターに行っても俺たちのチケットがない。
しょうがなくサーフショップの社長に電話するM。
いやーごめんごめんツアーの名前間違ってたみたい。○○ツアーだから、その辺のカウンターのおねぇちゃんに聞いてみて〜ガチャン・・・
こんな感じで電話が切れたらしい。
俺たちにはツアーには当然あるべき、しおりというか案内パンフレットみたいなものは一切なかった。
バリでの宿の名前が書いてあるステッカーが一枚と、前日にサーフショップの社長から受けたという簡単な説明が友人Mの頭の中にあるだけだ。
何とか時間ぎりぎりで搭乗するとすぐにアテンダントが、紙のお手ふき、のようなものを抛り投げるように配り始めた。
俺たちはこのお手拭の封を空け、両手を拭いた。が、これが大失敗だった。
このお手拭は強烈な芳香を発していたのだ。
安い香水を煮詰めたような、日本人には理解しがたい匂いだ。
俺たちはまるで、駅のトイレの小便器に転がしてある黄色い玉をずっと両手に持ち続けている人みたいになってしまった。
まぁしょうがない、次からは気をつけようと、落ち着いて周りを見た。
今度はあまりの飛行機のおんぼろさ加減に驚いた。
今でこそバリは日本人観光客が大挙して訪れる観光地であり航空会社もきっと潤っているだろうが、某国のその飛行機は実に味わい深い飛行機だった。
まず様々な説明書きが全て読めない。英語で書かれていないのだ。
インドネシア語でもない。機内の説明書きは全てアラビア語で書かれていた。
中東のどこかの国の払い下げ機を使っているようだ。
外装は変えられているが中身はそのまんま。それが何か?といった感じだ。
アラビア語ってのは右から左に書かれる文字である。俺のアラビア語に関する知識はそれだけだ。
でもまぁ機内の説明が読めなくたって特別困らない。
困ったのは座席のリクライニングがぶっ壊れていることだった。
座って背もたれに寄りかかるとそのままスーッと後ろに倒れてしまうのだ。
おおっ便利じゃないの、なんてMと笑いあっていたのも離陸のときまでだ。
飛行機が滑走路に入って加速を始める。体にGがかかってくる。俺たちのいすは自然と後ろに倒れてくる。するとアテンダントがものすごい形相で俺たちのところへ飛んでくるのだ。
背もたれを元の位置に戻せという。俺たちは必死で背もたれが壊れていることを伝える。
でもそんなことには耳も貸さない。元に戻せの一点張りだ。
こんなぶっ壊れ飛行機のスタッフなのに、そこだけ妙にかたくなだ。
しょうがない、アテンダントへの説明をあきらめた俺たちは、次第に加速されてさらに加わってくるGにありったけの腹筋の力で絶え続けた。
水平飛行に入りやっとシートベルト着用のサインが消えると俺たちのかわいそうな腹筋は痙攣を起こしそうになっていた。
はーやれやれ、出だしからこれじゃこの先いったいどうなるんだろう。
そう思いながらやけに揺れる機内をよろよろ歩いてトイレに入った。
そしてそこには見事にぶっ壊れた便座が俺を見上げていた。
おれは南の島の太陽を思うよりも行く末に立ち込める暗雲を思っていた。つづく



