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俺の話を聴け

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監視員のころ3

新人の女の子の目の前で溺者が発生した!
彼女もすぐに気がつき意を決したように笛を強く吹いて、その子めがけて飛び込んでいった。
彼女はしっかりとその男の子を抱きかかえ、冷静に訓練どおりの働きをした。
後は他の監視員がいつも手馴れた手順どおりてきぱきと動き、救助活動は無事に終了した。
場内も静けさが戻り、溺れかけた子と飛び込んだ新人の女の子が部屋に戻ってきた。
二人を見て俺は思った。これじゃどっちが溺れかけたのかわからない。
男の子はニヤニヤと照れ笑いを浮かべている。飛び込んだ彼女は顔面蒼白で緊張と興奮でがたがた震えている。目には涙さえ浮かんでいる。「び、び、びっくりしました~~」と半分泣き声だ。
俺たちは彼女を褒め称え、すばらしい動きを賞賛した。事実彼女はこの経験で落ち着きと冷静さが増して頼もしい監視員となった。
ぬれた水着を着替えるために更衣室へ行った彼女を見送ると、俺は振り返って男の子にウインクしながらこういった。「うまいじゃないか、お前。時間も場所も打合せどおりぴったりだったな。」
差し出した俺の手を握り返した男の子は笑いながら俺にこう言った。「えへへ、約束どおりこの次来たときタダで入れてよね!」「OK!グッドジョブ!」
彼は身長は小さいものの、ジュニアオリンピックにも行こうかというバリバリの水泳選手だった。
時間と場所を決めて彼女の前で溺れるふりをするように頼んでおいたのだ。
計画がばっちりうまくいって俺は満足だったが、自分が助けた泳げない男の子が、後日ものすごいスピードで泳ぐ姿を見て彼女はどう思ったんだろう?全部実話です。もう時効だから許してね。
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2008/02/29(金) 23:17:56 昔のこと トラックバック:0 コメント:2

監視員のころ2

今はどこのプールに行っても高齢者がひたすら歩いている姿ばかりが目立つ。プールもそういうお客さんを見越して、水深が浅くなっているようだ。
昔、俺が監視員をやっていたころは、今と違い、プールにはたくさん子供たちが来た。
屋外プールがオープンする前の、6月後半の暑くなった日曜日は特に混雑したのを覚えている。
俺がいたプールは最深部が150cmだったので、小学生では背が立たない子が多かった。
そのため端のコースだけプールフロアと呼ばれる台を設置していた。30㎝ほどの高さがある台なので、そのコースだけ深くても水深120cm程度になるわけだ。
ところがこの台から小さな子供が落ちる落ちる。台の端に柵があるわけではないので遊んでいるうちに台から落ちてしまうのだ。
ほかにも友達とふざけていて、友達にしがみつかれてなど、けっこう溺れかける子供は多かった。
飛び込んで救助するわけだが、ただ闇雲に飛び込んでいくわけではない。
溺者発生時にだけ使用する笛を強く長く吹き溺者を指差して(つまり他の監視員に知らせるわけです)順下という飛び込み方(見失わないように頭が沈まないようにする飛び込み方)をする。
多分今も変わっていないと思うが、プールの監視は基本的に4種類のローテーションで動く。
PCTR方式といって、P=パトロール(プールサイドの監視員)、C=コントロール(本部)、T=タワー(監視台)、R=レスト(待機)である。
ひとたび溺者発生となると、他のPやRが飛び込んだ監視員の持ち場に立ったり救助のフォローに入ったり、Tが飛び込んだ場合は近くのPがTに上ってCに連絡を入れたりと結構ややこしい動きをする。
通常の救助訓練でもこの動き方を練習するが、やはり場数というか実際の場面に立ち会わないとなかなかうまく動けない。
ある年の夏、一人の女の子が入ってきた。泳ぎもうまいし警察官になるという夢を持ったしっかりした子だった。救助訓練は経験していたが実際の救助はまだ体験していなかった。
混雑した日曜日の午後、俺はその子がパトロールしている姿を監視室内のモニターで見ていた。すると、彼女の前方7~8メートルにあっぷあっぷと溺れている男の子が!・・・つづく。

2008/02/28(木) 13:50:20 昔のこと トラックバック:0 コメント:2

走ることについて語るときに俺の語ること3

走っているときはたいていiポッドを聞いている。
俺のiポッドは、靴に仕込んだセンサーで走行距離やスピードを記録するナイキプラスというスグレモノを搭載しているのだ。
ワークアウト(俺のてれんこ走りもナイキ風に言うとこのようにかっこよくなる)にはそれ用のクールな曲があるのだが、俺が走るときに聞いているのはお笑い芸人のトーク番組か落語だ。
よくイヤホンをした若い衆がつい調子っぱずれな歌を歌っちゃってることがあるが、あれと似たようなことが俺にもおこる。つまり、笑っちゃうのだ、つい。
笑うことは健康に良いし、ランニング中に笑えるなんて一石二鳥じゃないの、などと一人で悦に入っている。だが、大汗をかきつつ笑いながら自分に向かって走ってくる俺とすれ違う人たちはみな一様に恐怖の表情を見せる。
確かに不気味かもしれん。笑いながら走るオヤジ。とほほ。
2008/02/27(水) 10:27:40 走ること トラックバック:0 コメント:0

大酒を飲んでいたころ

若いころ、なぜかいつも大量に酒を飲んでいた。
なぜあんなに酒ばかり飲んでいたのか今思うと不思議なくらいだ。
明日をも知れぬプータローだったが、バイトの稼ぎはすべて飲んでいた。
そのころバイト先に同い年のWという男がいた。この男が強烈な酒飲みだった。
二人でよく飲んでいたが勘定のあてにしていたのはいつもお互いの懐だった。
二人合わせた金でも駅の立ち飲み屋の酎ハイ一杯に10円足りなくて、自動販売機の返却口に指を突っ込んで回ったこともあった。
今思い出すと本当に情けない話だが、そのときは「俺って真夜中のカーボーイのダスティンホフマンみたいじゃね?」なんて思っていた。若さってほんとうにバカだ。 2008/02/26(火) 23:40:31 昔のこと トラックバック:0 コメント:0

監視員のころ

若いころ、長いことプールの監視員をやっていた。そのころの話はほんとにたくさんある。
日本赤十字社の水上安全法救助員という資格を持っていたが、この資格の講習会は監視員をやっていたそのプールで行われていた。これはどういうことか?普段泳ぎに来ているお客さんと一緒に講習と試験を受けるということだ。これはプレッシャーだった。
講習会は初めに、指導員が平泳ぎのフォームをみてAからDという班を決めていく。そして班分けされた順番に番号が振られていく。
最初に合格した年は先輩の監視員がA班の1番だった。2回目に受ける年(資格の有効期限は5年間で運転免許のような更新はない)にこの先輩からA班の1番を死守するようにきつく言われていた。何とかA班の1番の座をゲットすることはできたが、実技講習の間中も試験中も、他の参加者の前では常に余裕しゃくしゃくのポーズをとり続けなければいけないことも厳命されていた。
実技試験の一つに500メートル耐泳というのがあった。これは500メートルを泳ぐだけの試験だが、救助員の試験なのでゴーグルをつけないで泳がなければいけなかった。これがつらかった。プールでは溺者(おぼれる人ですね)を救助しに飛び込むとき以外、ゴーグルやマスクをつけずに泳ぐことはまずなかった。25メートルプールを10往復するのをバディ(相方ですね)が数える、という試験だった。このとき泳いでいる人間以外は全員がプールサイドから凝視しているので、目が痛くて泣きたくなるような気持ちで泳ぎながらも、500メートルをずっと笑顔で泳がなくてはならなかった。そのころ退屈だと歌いながら泳ぐという先輩がいたが、笑いながら泳ぐのは結構しんどい。
25メートルの潜水や、救助法(20メートル先にいる溺者を3種類の離脱法と運搬法で引っ張ってくる試験。3種類だから3回やる)や5分間の立体(立ち泳ぎ。最後の30秒間は両手をバンザイみたいに挙げる)など、他の試験も笑顔でこなせといわれていた。と、こう書くといかにもバリバリの水泳選手だったように思われるかもしれないが、それまでに特別な水泳の経験があるわけでもなくどちらかといえば泳ぐことは好きではなかった。監視員になってからも、みんなで水にもぐって、水中でしゃべった言葉をみんなで当てっこする、という実にばかばかしい幼稚園児並みの遊びに熱中していたくらいだ。
でもこの試練のおかげで、ほかのスポーツでも、そのスポーツをやる前(試合前とか)にすっごくうまそうに見せるテクニックとか、ぜんぜん緊張していない余裕のふりなどがうまくなった。本番に何の役にも立たない技ですけどね。若さってほんとにバカ。この話つづく。・・・かもしれない。
2008/02/26(火) 11:28:59 昔のこと トラックバック:0 コメント:2

コメントをくれた皆さんへ

本当にありがとうございます。すんごく励まされた感じがしてうれしいです。
がんばってできる限り頻繁に更新したいです。がんばります。
ところでコメントをくださった皆様にお願いです。
俺が知っている方でしたら、どなたなのかヒントをいただけませんでしょうか。
それってルール違反?名前がわかっちゃったらつまんない?
でも知りたいよう~誰がコメントくれたのぉ~~。
ちなみに「か」さん、「おでんでん」さん、「芦屋マダム」さん、「おこじろう」さん、
「与太郎」さん、「あおちゃん」さんは誰だかわかるからヒントいーです。
2008/02/25(月) 17:46:47 未分類 トラックバック:0 コメント:2

ぼった

ぼったである。断然ぼったである。
ぼったってなに?なんていうやつはあっち行け!
ぼったとは理不尽にも「もんじゃ」なんて変な呼び方をされている
あの食い物だ。
ガキのころ駄菓子屋で食ったあれだ。誰がなんと言おうとぼっただ。
ぼったには小ざかしい薀蓄もこだわりも、まして焼き方の作法なんてない。
そんなことにこだわるのは月島あたりのイナカモノである。
むふー!すみません取り乱しました。
でも人前じゃ?な顔されるので「もんじゃ」って言ってしまう情けない俺。
とほほ。


2008/02/22(金) 22:05:28 食い物 トラックバック:0 コメント:7

走ることについて語るときに俺の語ること2

いつも荒川河川敷の左岸を走っている。
時々遠出をするときは気分を変えるために右岸を
走ることもあるが、基本的には左岸がホームコースだ。
ちなみに右岸左岸は川の流れの方向で決まる。
つまり海に向かって右か左かだ。
俺は岸の左右を認識するときは、
「荒川を一跨ぎにした大巨人が茶碗と箸を持って海の方を見つめている」
という美しくもファンタジーな映像をイメージしないとすぐに認識できない。
そんな人いない?いるよねいるよね?俺とおんなじ極端な方向音痴の人。
とほほ。
2008/02/21(木) 17:04:50 走ること トラックバック:0 コメント:5

R-1

仕事柄年間相当数の舞台(コンサートや演劇)を見る。
先日ある劇団の脚本家から電話がかかってきた。
「○○がR-1の決勝に残りました。CXのオンエア見てください。」
数年前ある演劇祭の審査員をやったときに出会ったこの劇団の芝居は、
俺の中ではその年のベストワンだった。
そしてこの○○さんは見覚えのある役者だった。
かつてテンションというお笑いコンビを組んでいたあの人だ。
番組を見た限りでは俺の中ではぶっちぎりの優勝だったが、結果は2位。
俺と同様の思いを持った人は多かったんじゃない?
あの体で切れ味鋭い動きと見事なダンス。
芝居同様いろんな汁を飛ばしながらの熱演でした。パチパチ。
2008/02/21(木) 14:58:54 演劇 トラックバック:0 コメント:0

走ることについて語るときに俺の語ること

8月から再び走り始めた。ハルキの本を読んだからじゃないよ。
10年以上前レース志向で走っていたころと違い、ひたすらゆっくりと走っている。
LSDと言えばかっちょいいが、てれんこてれんこ歩くように走っている。
それでも体重がすとんと10㌔落ちた。
昔一月半で12㌔落としたとときもそうだったが、短期間で体重を落とすと
一気に着るものがなくなる。今回もスーツが体に合わなくなってきている。
「新しいスーツ買わなきゃね!」と、できるだけかわいく言っても、かみさんが

(-"-)こんな感じになってきているので、しばらくはゆるいスーツで我慢するしかない。とほほ。 2008/02/21(木) 14:06:57 走ること トラックバック(-) コメント:2

さて、始めますよ。

わざわざ「一日」から始めようと思ってたわけじゃないです。たまたまです。
さて、今日からブログ始めます。お待たせいたしました。誰も待ってないか.

期待しててね 2008/02/01(金) 21:56:52 未分類 トラックバック:0 コメント:4
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