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2009.07.09 (Thu)

走ることについて語るときに俺の語ること33

プールで長い時間泳いだり歩いたりするのは本当につまらない。

監視員のころは公開時間と公開時間の間に泳いでいたので、よく一人で歌いながら泳いだ。

今、歌を歌いながら泳ぐと、きっと多勢の他のお客から「ちょっとアレな人」という目で見られてしまうので黙って泳ぐしかない。

退屈だ。

そこで俺は役づくりに入る・・・



元メジャーリーガーの俺は日本に戻ってから5年、すっかり落ちぶれている。
今では草野球の代打で日銭を稼ぐような日々だ。

酒と怠惰な生活でかつてのしなやかな体は見る影もない状態だ。

あるとき古傷の右膝の治療のため訪れた病院で一人の少年と出会う。

聡明で明るいこの少年は、いつもその笑顔で他の入院患者に生きる勇気を与える病院のアイドルだった。

だが少年は自らも重い病と戦っていた。そして、自分の病気のこともよく理解しているようだった。

あまり自分のことは語らない少年だったが、一度だけ目を輝かせて夢中で俺に語ったことがある。


それは俺の話だった。


メジャー一年目のシーズン。
俺は48本のホームランを打った。
そしてワールドシリーズ出場。
俺が最も輝いていたときだ。

少年はこの年のワールドシリーズ最終戦の俺の最終打席のことを、まるで自分がそこにいたかのように熱く興奮してそして完璧に再現して俺に話した。

相手ピッチャーのいきなりのブラッシングボールで乱闘になりかけたこと。
俺の渾身の空振り。10球以上粘ったファウル。
スタジアムを揺るがす地響きのような歓声とブーイング。

そして優勝とMVPを決めた俺のサヨナラホームランのことを。


少年は紅潮した頬が静まるのを待って、俺の目をまっすぐに見てこういった。

もう一度あのホームランを僕に見せてよ。
あのホームランをもう一度見るまで僕もがんばるから。

約束してくれる?



俺は次の日から、ろくでもない暮らしに別れを告げ、スイミングのトレーニングを開始した。
ポンコツの膝の痛みに耐えながら。

そしてあの少年が俺に言った最後の言葉を胸に刻む。

僕にはもう時間があまりないんだ。


心配すんな坊主。約束は必ず果たしてやる。

あんなちんけなホームランじゃない、お前が孫に自慢できるような、今までに誰も見たことのないようなすげぇホームランを見せてやる。


俺は歯を食いしばって泳ぐ。
あの生意気なガキのために。
俺がただのチンピラじゃねぇってことを証明するために。



うん、これでなかなかいい気分で泳げる。ふふ。


08:59  |  走ること  |  コメント(1)  |  編集  |  Top↑

*Comment

■No title

ぽんこつの膝と激痛は、ジャイアンツのダブルプレーのように連携がとれている。 セカンドに土井がいた頃のジャイアンツだ。

  
矢作yota
 |  2009.07.11(土) 11:06 |  URL |  【コメント編集】

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